田中さーん、お入りください!
菊谷武先生
田中さーん、お入りください!
咀嚼困難感を訴え、新義歯作成を希望して、78歳の男性(仮名 田中さん)が外来受診した。20年来、通ってくれている患者さんだ。メインテナンスの要請にも応え、欠かすことなく受診してくれていた。下顎は両側遊離端の義歯を装着するが、10年近く問題なく使用していた。
最近体重も減っているといい、痩せたから義歯が合わなくなってきたと患者さんは訴える。診察したところ、適合も、咬合も問題はない。気のせいと言うにも今までのような闊達さが感じられない患者さんに告げるのも気が引けた。さて、患者さんも求めていることだし、義歯の新製の希望にこたえるべきか・・・。
義歯を新製すれば、患者さんの訴えはなくなるのか?患者さんは、再びよく噛めるようになるのだろうか?
僕(K歯科医師)は、歯科大学を卒業して30年、開業して25年、最近こんな患者さんが増えたように感じている。
「田中さーん」
待合室に声をかけた僕。ささっと診療室内に入ってくることを期待していたが、診療室になかなか現れない。しびれを切らして待合室を覗くと深く座ったソファーからようやく立ち上がったところだった。「ゆっくりでいいですよ」と僕。
本当にゆっくり歩きようやく歯科ユニットにたどり着いた。状態を訴える声は弱弱しく、すこし、呂律もまわらない。
義歯の状態を見ようと口腔内を観察すると、義歯の研磨面に食物が付着している。あんなにプラークコントロールも完ぺきだった田中さん。歯にもプラークが目立ち、食残渣も歯間部に残したままだ。
「田中さん、歯ブラシの具合がちょっと・・・」
その言葉に、突然、
「先生、毎日ちゃんと磨いています!」
これまでにない大きな声で否定されてしまった。
さて?
この患者さんどこに問題があって噛めないと訴えているのか?
義歯は作るべきなのか?この後、何を診て、なにを知ればいいのか?
歯の喪失を抑え、健康長寿を支えてきた歯科医師が新たに直面する患者さんから訴えかけられる問題に、
どう応えることができるか?このコラムで示していきます。