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インタビュー

INTERVIEW
THEME
医療法人双幸会
ツインデンタルクリニック 理事長
呉 沢哲先生

近年、口腔と全身の密接な関わりを証明するエビデンスが国内外から多数報告されるようになりました。口と心身の健康習慣を継続的に行うことで、相乗的に口と心身の健康増進がみこまれます。呉 沢哲先生は、あらゆるライフステージの人たちが頻回に通う歯科医院の特性を活かして、「健康増進型歯科医院」を増やす活動を続けておられます。今回は、そんな呉先生に「歯科医院から全身の健康管理を啓発する必要性」や、「健康増進型歯科医院とその取り組み」についてお話を伺いました。

呉 沢哲先生
呉 沢哲(オウ テッチョル)先生プロフィール
  • 1997年
    大阪大学歯学部卒業
    医療法人新生会入社
  • 2006年
    同医療法人理事に就任後、ツインデンタルクリニック開業
  • 2016年9月
    医療法人双幸会設立
  • ツインデンタルクリニック
    https://twin-dc.or.jp/
Q1.
歯科医院から全身の健康管理を啓発しようとされたきっかけについて教えてください
呉 沢哲先生

2007年から始めた訪問歯科診療がきっかけです。私はそこで、介護というのは終着点が見えず、介護者であるご家族の負担や不安が非常に大きいことに気づきました。中には介護者がおらず、事業所が間に入って調整し、何とかやり繰りしているというようなケースもありました。部分入れ歯のクラスプ破損など、急いで対応しなければならないことが度々起こるにも関わらず、訪問診療の頻度は月に一度、多くても2週間に一度が限界。思うように治療が進まず、不安を募らせている被介護者やご家族も数多くいらっしゃいました。

私は歯科の視点からしか在宅介護を見ていませんが、そこには一言では片づけられないさまざまな問題があり、介護に携わる医療従事者として、その問題に向き合っていくだけでなく、そもそもそうした問題が起こらないよう健康を啓発しなければならないと強く感じたのです。

その役割を歯科医院が担えると思った理由は、まず第一に、歯科医院は子どもから高齢者まで、あらゆる世代の患者さんが頻回に通所する医療機関であることが挙げられます。歯科は、SPTなどで患者さんが定期的に来院する仕組みがあります。言い換えれば、3ヵ月に一度、定期検診のたびに健康を啓発できるチャンスがあるということ。定期的な受診の強化は安定した医院経営にもつながりますし、患者さんにとっても、通えば通うほど、口腔内だけでなく心身の健康状態が良くなるというメリットもある。歯科医院はそもそもの数も多いですから、“健康増進型”の特徴を取り入れた医院が増えれば、公衆衛生分野の役割も十分担えると考えました。

呉 沢哲先生
Q2.
“健康増進型”の歯科医院とはどのようなクリニックことを指すのでしょう
呉 沢哲先生

健康増進型歯科医院とは、従来の歯科治療と併せて全身の健康もサポートする歯科医院のことです。歯科医院で保健指導を行うことで、患者さんとの信頼関係を強化し、定期的な受診率の向上と歯科医院経営の安定を図ることができます。そして、保健指導を行う歯科医院が増えれば、歯科は公衆衛生的な役割を担えると考えます。公衆衛生への貢献については、私が主宰している「POPS研究会」※の活動にもつながります。

要介護や終末期など「目に見える命」と同様に、未病の段階の「目に見えない命」も等しく重要です。公衆衛生の視点は「目に見えない命」を守ることですが、そう簡単なことではなく、たとえば、特定保健指導のように2、3回の保健指導を保健師から受けても効果は限られます。けれども、定期的かつ永続的な歯科医院での定期健診に管理栄養士などが関わることで、「目に見えない命」を救うチャンスは格段に広がるのです。

※歯科医院で、管理栄養士とともに保健指導を行うためのノウハウを考える研究会
POPS研究会HP
https://www.pops-dc.com/entry1.html

Q3.
健康増進型歯科医院として、貴院では具体的にどんな取り組みを実践していますか?
呉 沢哲先生

当院では、“患者さんが通えば通うほど健康になれる歯科医院”であることと同時に、従業員にとっても働けば働くほど元気になれる歯科医院でありたいと考え、さまざまな取り組みを進めています。具体的には、終業時間を早める、残業を減らす、有給を増やす、研鑽によってワーク・エンゲージメントを高める、良好な人間関係を構築するなどを実践し、職場の健康インフラを整えるよう努めています。

2013年には、服を着たままの簡単な測定で、体重や体脂肪、筋肉量、脂肪量など、体の情報を客観的な数値で明らかにできる体組成計も導入しました。体のデータを見える化することで健康管理への意識が自然と高まり、それをきっかけに生活習慣を見直そうとする患者さんも増えてきます。なりたい自分が顕在化すれば定期的な測定が楽しみになり、それは受診率の向上にもつながりますから、歯科医院において体組成計を導入することは非常に有効です。

さらに、2019年からは管理栄養士も直接雇用しています。それまで保健指導については歯科衛生士に担当(運動・栄養・禁煙)を割り振り、任せていましたが、実際は本業で忙しく、積極的に実施できているとは言い難い状況でした。ちょうどその頃、管理栄養士を採用している歯科医院があることを知り、当院も2名の管理栄養士を採用したのです。最初から複数採用にしたのは、管理栄養士の立場を院内に確立してもらうため。役割もバックグラウンドも異なる歯科衛生士とともに働くことになるわけですから、共感できる同職種がいたほうが心強いと考えました

呉 沢哲先生管理栄養士の千堂涼花さん(写真右)と髙田なつかさん

私は、保健指導のエンドポイントは行動変容(人の行動が変わること)だと考えています。行動変容を促すには健康啓発や保健指導に説得力を持たせることが大切です。そうした考えについては院内の理解も進み、最近では運動や食事に気遣うなど、「小さな習慣=タイニーハビット」を積み重ね、自らの健康や生活をしっかりと管理するスタッフも増えてきました。

もちろん、私自身も普段から健康管理については強く意識しています。運動面では、通勤時にひと駅手前から歩くことを始め、その後、徐々にジム通いなどにステップアップ。5年ほど前からはマスターズ陸上に参加し、今は100mを高校時代とほぼ同じ記録(11秒台)で走っています。

呉 沢哲先生マスターズ陸上出場時の様子
Q4.
初診から保健診療までの流れについて教えてください。
呉 沢哲先生

初診の患者さんには、まず歯科医師または歯科衛生士から保健指導について簡単に説明します。ただ、患者さんは歯の治療のために来ていますから、いきなり食事や運動の話をしても受け入れられることはまずありません。そこで、たとえば、患者さんにう蝕や歯周病のリスクがあれば、「こういう栄養素を摂れば歯質の強化や歯周病予防につながり、口腔内の健康管理に役立ちます」などと、歯磨き以外にもできることがあることを伝え、「もしよければ、次回治療の合間に管理栄養士と話をしてみませんか」とお声がけしています。このプロセスを経てから管理栄養士につなぐようにしています。管理栄養士と話をするかどうか決めるのは患者さんご自身ですが、口腔内の健康管理に全く興味がないという人は少ないので、ほとんどの方が受け入れてくださいます。ただ、管理栄養士による保健指導は保険外になるので、本当に指導が必要な方や健康意識が高い方に絞ってアプローチするようにしています。

初診で興味を示した患者さんには、2回目の診療時、管理栄養士が生活習慣をヒアリングします。その内容に基づく保健指導(栄養・咀嚼・運動)を資料にまとめ、3回目の診療時に無料で提供します。その後、管理栄養士による保健指導(自費)に進むかどうかを患者さんに決めてもらうというのが当院の流れになります。保健指導では唾液採取による遺伝子検査なども可能で、そうした検査に興味を持つ人も多いようです。

治療、予防、そして保健指導は、歯科医師、歯科衛生士、そして管理栄養士がそれぞれ縦割りに役割を担うだけではうまくいきません。それぞれの分野を横断的に理解し、個々の患者さんのデータを自分の専門外でもある程度共有する必要があります。そのため、この3つの専門職が集まり、情報共有や院内の知識レベルの底上げのために、月に一度、症例検討会を開き、口腔内の管理や保健指導の内容について全員で検討する機会を設けています。

症例検討会の様子症例検討会の様子

当院では2013年に体組成計を導入し、当初は有料で測定を行っていました。けれども、歯科衛生士が診療の合間に測定を提案するのは難しく、利用者数もあまり伸びなかったことから、無料に切り替えました。それからは順調に利用者が増え、現在は年1回のみ無料、それ以外に測定する場合は有料としています。

体組成計は、服を着たままの簡単な測定で、体重や体脂肪、筋肉量、脂肪量など、それぞれの身体の情報を客観的な数値で明らかにすることができます。データを見える化することで健康管理への意識が自然と高まり、それをきっかけに生活習慣を見直そうとする患者さんも増えてきます。なりたい自分が顕在化すれば定期的な測定が楽しみになり、それは受診率の向上にもつながりますから、歯科医院において体組成計を導入することは非常に有効だと考えます。

Q5.
フレイル予防の観点から、歯科医院やかかりつけ歯科医師の果たす役割について、呉先生のお考えをお聞かせください
呉 沢哲先生

かかりつけ歯科医師に注目し、さまざまな疫学研究をされているある先生の研究で、かかりつけ歯科医師がいる高齢者のほうが長生きするという結果が示されました。かかりつけ歯科医師を持つ人は、要介護認定を受ける率が低い、生活自立度が高い、外出頻度が高い、趣味活動を活発にしている、自分が健康だと思っている、友人・近所づきあいが多いなど、社会的・精神的・身体的要素のすべてに当てはまる特徴があり、健康長寿を維持しているということです。

歯科医院やかかりつけ歯科医師の果たす役割について

そうした背景を踏まえ、かかりつけ歯科医として意識しなければならないのは、患者さんの口腔内だけでなく、健康を見据え、定期健診を続けていくこと。口腔ケアを徹底し、現在の健康状態を維持することが何に対してどのように貢献しているか、スタッフ一人ひとりが正しく理解することが重要です。

例えば、義歯を装着することで多数歯欠損の患者さんが片足立ちできるようになったり、車椅子の方が立てるようになったり、というのがいちばん分かりやすいケースですが、歯科にも全身の健康を維持するポテンシャルがたくさんあるということを認識していただきたいと思います。

当院では、患者さんご自身の気づきを促すべく、「健康を守るために自分は何ができるのか」ということに主眼に置いた書籍も待合室に陳列しています。高齢者のフレイル予防だけでなく、フレイル予防に向けた壮年期の備えとして、書籍などによる情報提供にも努めていきたいと思っています。

健口・健康本の貸し出しコーナー ツインデンタルクリニック様の待合室には「健口・健康本の貸し出しコーナー」があり、呉先生オススメの書籍を無料で貸し出している。
Q6.
全国の歯科医院の先生方にメッセージをお願いします
呉 沢哲先生

私は、自分自身の健康増進活動は利他行動や慈愛の精神につながると考えています。自分の心身の健康状態が良くないとプラスαの気遣いや行動にも気持ちが入らなくなりますし、逆に自分に余力があれば、患者さんにちょっとした補足の説明をしたり、雑談をしたり、スタッフをサポートする余裕も出てきます。また、訪問診療に注力することもできるかもしれません。

もちろん、健康増進型歯科医院の実現は一足飛びにできるものではありません。ですからまずは、健康啓発に説得力を持たせるためにも自らの健康増進活動に励んでいただきたいと思います。運動や栄養における小さな行動を継続し、習慣化することに成功すれば、少しずつ人の役に立てる健康増進型歯科医院に向けて舵を切れるのではないでしょうか。

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