近年、歯科診療において、摂食嚥下リハビリテーションが注目されています。特に高齢者においては「食べる楽しみ」がなくなることで精神面にも大きな影響を与え、ひいては誤嚥性肺炎の原因となるなど、摂食嚥下障害は全身症状にもつながるハイリスクな障害といえます。こうした摂食嚥下の分野に特化した訪問診療に、長年取り組まれている東京科学⼤学の⼾原⽞教授に、「在宅医療における摂食嚥下障害リハビリテーションの重要性」についてお話を伺いました。


私は約25年間にわたって摂食嚥下障害の分野に取り組んできましたが、この分野に入ったきっかけは大学時代に担当したことからです。歯科医師として経験を積んで病院内の患者さんを診ることになり、訪問歯科診療を始めたところ、摂食嚥下に問題がある患者さんにリハビリテーションを行うことで、口腔機能だけでなく全身状態も改善する方が多いことに気づいたところから、訪問歯科診療時における摂食嚥下障害リハビリテーションに力を入れてきました。
現在は約100人の患者さんの訪問診療を行っています。基本的に、歯科医師または歯科衛生士を含めた3人のチームで週4日を訪問診療に充てていますが、一人の診療は30~40分程度、移動時間もかかるため、1日に診療できるのは3人程度です。患者さんについては、9割以上が高齢者であり、それ以外の方は難病患者や交通事故による後遺症患者、あとは小児患者です。高齢者の場合、認知症やパーキンソン病などにより意思疎通が難しい患者さんも多いのですが、そうした先入観を持たずに患者さんに接し、いろんな方法を試してみることで、機能改善が見られるケースが多いと感じています。

私が行っているリハビリテーションは、従来のトレーニング中心の方法とは少し異なり、患者さんの生活環境や服薬状況を「整理」することを重視しています。実際に訪問して患者さんの普段の生活を見ると、多くの方が「何をしたらいいのかわからない」、もしくは危険回避のために「これはしちゃダメ」など、必要以上に行動制限をされていることも多くみられます。例えば、座っているだけでも筋肉はある程度保つことができますが、寝ている時間が長いとか、不要な薬を服用している場合や、カロリー不足の状態にあるケースもあります。食べ物が喉に詰まること(誤嚥)を恐れて、何をどうやって食べたらいいかわからない。そこを何とかご家族が頑張って作って食べさせているけど、その食事のカロリーが不足しているケースなど。こうした基本的な生活を整えてあげるだけで改善されるケースが良くあるのです。
また、私は評価表やフローチャートは一切使わず、ほぼ手ぶらで診療に行きます。事前の情報も、あえてあまり見ないようにしているのですが、その理由は、先入観を持たずに患者さんの状況を見ることが大切だと感じているからです。また、患者さんと介護される方との気持ちがうまくかみ合ってないこともあります。そういうところも探っていると治療に時間がかかることもありますね。

確かに今、私が訪問診療を行っているのは高齢者の方が9割以上ですが、子どもさんや若い方で難病や事故が原因で寝たきりになってしまった方もいらっしゃいます。その場合でもご家族は悩まれながらサポートされているのですが、患者さんと意思疎通がほとんどできないことも多くあります。ただ、お子さんのご家族の場合は、親御さんも30~50代と年齢が比較的若いので、ネット検索などでアクティブに情報を得ることができるため、その病気や治療方法についても詳しい方が多いと感じています。しかし、高齢の方、例えば90歳の方のお子さんは70代だったりしますから、昔よりも情報を得やすい世の中とはいえ、やはり30~50代の方よりは情報を集めづらいですよね。そういった病気や治療に関する患者さんやご家族が得られる情報量の違いはあると思います。

摂食嚥下障害は、筋肉の動きが悪くなって起きる場合と感覚が鈍くなっている場合があります。感覚が鈍くなると、食べ物や飲み物が気管に入ってもむせ込み(咳反射)が起きないという問題があります。そのような状態を不顕性誤嚥と呼びますが、そうした症状がある方には、電気刺激療法の中でも、咽頭感覚の神経に作用する干渉波刺激療法は効果的だと思います。そこで私たちは、在宅訪問の際に不顕性誤嚥の症状がみられた場合、干渉電流型低周波治療器「ジェントルスティム」を試してみることもあります。使用した印象として、実際に効果を感じていただける患者さんは5割程度でしょうか。「嚥下が前よりスムーズになった」、「感覚が良くなっている感じがする」など、患者さんご自身が効果について報告してくださる場合もあります。また、操作が簡単という点から、在宅訪問時に試用して効果が認められた患者さんで、ご家族の補助が得られて定期的な使用が可能な場合は、機器の貸し出しをおすすめすることもあります。
ジェントルスティムを処方中の戸原先生。
私の患者さんへの基本的な指導方針は、行動に制限をかけるのではなく、制限がある中でも自由があることを伝えてあげることです。「何でもやっちゃダメ」というネガティブな声かけではなく、「これはできますよ」「こういうことを試してください」という肯定的な表現を使っています。こちらからリハビリの選択肢を挙げて、それに患者さんがやる気を見せてくださったら実際に試していただくのですが、次回訪問時にその効果について患者さんから積極的なフィードバックがあれば、「これからも続けていきましょうね」と励ますなど、患者さんの意思を伺い尊重することを重視しています。
教科書に載っている言葉では患者さんのモチベーションには繋がらないことが多いです。まずは患者さんと自分の関係を築くことから始めて、ハウツーに頼らず、患者さんの話をよく聞き、患者さんができることを考え、それをもとに治療方針やアプローチ方法を検討していただきたいと思います。
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